台湾俳句史(1895~2013)全文

台湾の俳句史(18952013(全文)     
呉昭新(Chiau-Shin NGO
俳句は「俳句」、「HAIKU」として今や世界中のあらゆる言葉を使う人々に受け入れられている。だが俳句の源泉国である日本ではどうかと言うと、まだまだ大多数の俳句フアンは、俳句は日本語で定型有季、花鳥諷詠でなくてはならないと思い込んでいる、または強引に主張する人さえいる。
HAIKUは日本語以外の言葉(外国語)で詠まれる俳句で、漢字だけで詠まれる「漢語俳句」をも含み各言語で普及しているが、その定則には一定の規制はなく、ただ一番短い三行詩だという理解で受けいれられている。外国語といえば一応アクセントというのがある、それでアクセントを気にするものもいるが、相手にしない者もいる。季節にいたっては南半球と北半球ではまったく反対であり、国や地域によっても大いに違っているし、季節がない地域もあるので、共通の季語は不要と考える人など、さまざまである。また季語を入れても季感をなさず、季語本来の意味をなくしているので、取らぬ人も多けれど、他方日本の伝統派に倣ってなんとか季語を入れる人もいる、が季感がない。季語ではなく生活、社会に関するキーワードを使う人もいる。いずれにせよ、「Haiku」は短詩の一ジャンルとして世界的な広がりを見せている。米英を中心に英語俳句があり、アジアでは諸言語で俳句が詠まれている、とくに漢語系諸国では漢俳として,中国で持てはやされているが、後述するように、「漢俳」は一種の短詩ではあるが絶対に俳句ではない。(世界俳句第7巻、2011、参考)。
明治の日本で子規が客観写生を提唱したその時期に、西欧では、日本から伝わった芭蕉や一茶の発句が、西欧諸国語に翻訳された。俳句の翻訳は詩としての詩情内容を損なわず、相当的確に翻訳されるのが可能であることが証明された、ただ日本語特有の掛詞、文化的記憶を除いてのことである。それは俳句が短く、難しい言い回しがないからである、そしてなぜ俳句が翻訳可能であったかというと、俳句の詩的本質が、五七五の韻律に依存するものではなく、日本語以外では五七五の定型は無視され、意味のない季語は外されたからである。そして逆に、西欧では詩に不可欠と考えられていた押韻が、詩の本質にとっては必ずしも重要な要素ではないことが、各国語に翻訳された俳句によって明らかにされた。欧州理事会のヘルマン・ヴァンロンプイ常任議長は、句集『Haiku』まで出している。そして議長は『俳句は翻訳可能だと話している』。俳句は押韻なき詩であるがゆえ、俳句はどのような言語によっても、作ることができる、そして作られたのである。一般に俳句には韻律がないと言うが、日本語俳句には575の律があり、外国語では押韻しようと思えば出来ないことでもない、口ずさんで、または読んで佶屈聱牙でなく、耳に楽しければ、鮮明なる外在韻律がなくても、俳句には詩想のうえで感じられる内在律があるのである。
これらはさておき、この小文においては、広い意味の俳句(HAIKU)の立場から台湾の俳句事情または俳句史について述べさせていただきます。
さて、台湾での俳句事情はどうかと言うと、その他の国とは大分違っている。ブラジルは日本から言えば遠くて近い国、そして台湾は近くて遠い国といわれている、その理由はともかくとして、この二つの国は日本語事情については似ているといわれている(ハワイでも同じことが言える)。というのはこの二つの国の人たちは戦前までは日本語が他の国よりも日常生活に多く使われていたからである、でも使う人達そのものは違っていた。ブラジルではブラジルに移民した元日本人であり、一方台湾人は日本に統治されていた異民族であるがゆえ、前者においては戦前戦後において日本語の使用の原点には変わりはなかった(三世になると日本語を話す者がすくなくなった)、が台湾においては、戦後日本語は禁止されたばかりでなく、敵国語として不倶戴天の仇の立場におかれた、それ故戦後における日本語の使用事情はまったく違っていた、日本語を慣用する台湾人は一夜にして文盲になったのだ。(続きを読む) http://oobooshingo.blogspot.tw/2014/12/blog-post.html