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黄霊芝氏の俳句観

湾の俳句史(補遺)

黄霊芝主宰俳句

先日暫無沙汰していた月例会の会に顔をした月出句はしているが選句はしていない(通信選句)、アマノジャック年寄りであるうのは主宰の黄体調してもう四年ばかりんでいらっしゃり、句会は互選っているだけでにはるところがない。高得点は意味するのか?同じレベルのよくうて趣味ったいというだけだだがいくらが歳をとっているとってもより年長方方10人以上もいらっしゃりそのうえ皆俳50年以上ばかり、小生のようなひよっこではをすることさええなければならないであるまさしく典型的所謂伝統俳句会の一景であるそこでは字余、字足らず、破調、季語つきすぎ、離れすぎ明文、それがどうしたなどなどの言葉

だが、若台北俳句会に関する研究論文を読んでるとその気でいらっしゃったはそうでなかったらしい。私入門がおそすぎたのだろう、惜しむらくは黄先生素晴らしい主宰にはするができなかった。。

でも、今回会にたのは幸運だったというのは下岡友加氏編著2015年8月出版黄霊芝小2いたからだ2012第一集では黄日本語小10評論1が収められていたそして今回第二集では7編、童話4と黄氏最新ろし原稿1である。小説はすでに読済みだので、特別注意はひかなかったが、問題ろし原稿である

    タイトルは<俳句自選百句>、編著者下岡氏黄の文芸活動つのめくくりと位置づけられる。決して読みやすいばかりとはえないが、句かれたはじめにでは六十年句作のなかではぐくまれた黄の俳句観が平明に説かれており、必読のであろう。>釈しているそしてもっとかせたのは、「はじめに冒頭にあるこれらのからもわかるようにずしも五七五定型臣服していませんし、季語になってもおりませんう黄しであるつづいて俳句定義最短であるとしまたそのいというのは言葉数がないのと内もまたないっているまた黄の従<俳句相撲強調するとともに国の甲骨文にあるしい数の辞の一片<九日甲寅 不酒 雨>俳句理念三千百年前殷代にすでに存在していたとしているそして俳句提起される<詩、生、リズム、季語>についてくは須佐之男命、そして近代以後子規、尾崎放哉、中村草田男等に説、中国の毛詩、漢詩にまで言及している

   そして最後もう一言加えたい。五七五定義ではないそして文芸界に属する説の世界では定型られることなくむしろ一作一作風をこそ手柄とするのではあるまいかめくくっている

まさしく青天霹靂、私まで黄百分伝統俳句擁護者であり主宰じていたいやだけではない会のほとんどのがそうじてきたのだ、正直のところ会のなかには俳句とは所謂伝統俳句でそれ以外俳句があるということさえらないもいらっしゃる6ぐらい?私伝統俳句俳句全体一部分っただけで小生罵倒した日本人がいた然私に悪がないのはっていたが、所謂伝統俳句がいかに日本国内で影響力るかをらされたそして今日の毎日新聞<日本人伝統一文

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